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そのエメラルドを噛み砕け

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2017.06.26.(Mon)

取得して一週間と経たない明石家さんま応援アカウントが、アカウントロックをかけられてしまった。朝 確認をして、思わず「お……?」と間抜けな声がでた。しかもその理由が、アカウントが乗っ取られた可能性があるからだと言うではないか。誰が乗っ取るんだよ、あんなアカウント。(アカウントが消えたわけではなく、プロフィール画面で ”表示” を選択すると過去の呟きは見られるようである。RTしていただいたものもそのまま残っていればよいのだが……、確認できずもどかしい。)
それにしても、朝からなんとも気分の落ち込む事態である。今日はただでさえ、会社の食事会で『明石家紅白』が観られずに悲しんでいたというのに。これ以上 心が疲弊することなく一日を過ごせるとよいのだが。

と、ここまで言って、『明石家紅白』を録画し忘れていることに気付いてしまった。これ以上をこんなに早く味わうとは思わなかった。
今 私は通勤電車に揺られながらこの文章を打っている。もはや嘆いてもどうすることもできない。おとなしく涙を飲んで、ただ会社に向かうのみである。こんな一日にも、意味があるのだと思いたい。そうでなければ、なんと、なんとさびしい話ではないか。




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by r_unsung | 2017-06-26 08:12 | DAY

2016.06.25.(Sun)

先日の記事をたくさんの方々に読んでいただき、それ自体はとてもとてもありがたいのだが、伝えたいことが正しく伝わらないもどかしさに心を乱されている。しかし、これは私の文章能力の低さ、表現力の欠如が招いた結果であるため、誰も責められない。強いて言えば、私は幼少期に国語辞典を食べておくべきだったのだ。ああ、今すぐ語彙力を手に入れたい。

まさか、あの記事を読んで、私がSMAPとSMAPファンを忌み嫌っていると受け取られる可能性があるなんて、思いもしなかった。
私の中で「許せない」=「嫌い」ではないのだが、そういうところをもっと丁寧に書けばよかったのだろうか。だからと言って、今さら補足をするのはやっぱり後だしジャンケンのような気がするし(この時点で既に違和感を覚えている)、ブログ以外の場所で弁明するのも、なんだか……な気がして動けない。ほとぼりが冷めるのを待つだけである。文章ひとつ書くにも、冷静さを失うと、ロクなことがないと身に染みて理解した日である。

彼らの話はこのへんにしておく。私にはやはり、27時間テレビの深夜枠の情報を待つことしかできないのだから。

なので、ここから、いつも通り ただの ”日記” に戻りたい。

とは言え、毎度 そのときに考えていることを打ち込んでいるだけなので、日記を書くぞと意気込むと何も浮かばなくなってしまう。私は何を考えているのだろう。
言葉で残しておきたい出来事や感情を探すが、何も思いつかない。

明日は月曜日だ。こういうときは、寝てしまおう。眠って、朝 目が覚めたら、幸福な一日の始まりである。そんな夢を、いつもみている。




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by r_unsung | 2017-06-25 22:58 | DAY

2017.06.22.(Thu) ※追記有

好きな芸能人はたくさんいて、可愛いと思う女優さんも、カッコイイと思う俳優さんもいて、それでも何があっても味方でいたいと思うのは、明石家さんま ただ一人だ。どうか誰も彼をかなしませないでくれと願ってしまうのも。

先日、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾はジャニーズを辞め、中居正広はジャニーズに残留することを決めたというニュースがあった。私は、このSMAP解散騒動において ””裏切り者”” はいないと思っている。ただ、それぞれの優先順位が違っていただけなのだろうと。木村拓哉はマネージャーよりジャニーズを選び、稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾はジャニーズよりマネージャーを選んだ。そう、四人は選んだ。それだけのことだ。

では、中居正広は、何を選んだのだろう。

ああ、どうして、私が誰より傷ついてほしくない明石家さんまは、あんなにも無意味に悪意に晒されなければならなかったのだろう。

なんだったのだ。なんだったのだろうか、この一年半は。こんなに悔しい思いをした一年半の結果が、こんなことになるとは思わなかった。
2016年1月の解散騒動があってから、SMAPファンは辛かっただろう。それは私の想像以上に。しかし、さんまファンだって思いがけなく苦しかった。そう、本当に、思ってもみないことだったのだ。SMAPファンが、明石家さんまをあれほど罵り、見下し、憎むなんて。

今、いろいろなことを考えながら文章を打っている。SMAPが好きだった。SMAPファンが、好きだった。私が勝手に好きだっただけだ。そんなこと、知ったこっちゃないよと言うだろう。それでも。

夏は『さんま・中居の今夜も眠れない』を眠い目を擦りながら観て、クリスマスの時期になると『さんま×SMAP』をケーキよりも楽しみにしていて、新年は『さんタク』を、これを観なければ年は明けられないとむりやり移動の車で観ていた。明石家さんまとSMAPの共演を、ワクワクしながら観ていた。なんだかおもしろくてさあ、華やかで、スペシャル感があって、好きだったんだよねえ。SMAPって他のアイドルとはやっぱり違うな、なんて思っちゃったりしてさ。
お笑い界のトップと、アイドル界のトップが肩を並べている。明石家さんまが笑ってて、SMAPが笑ってて、それだけでよかった。
それだけで、私は、こころのそこからテレビを楽しめた。

SMAPファンは、もう、明石家さんまとの共演なんて思いだしたくもないだろうか。私もだよ。あなたたちは随分、随分 彼に酷い言葉を投げかけてくれた。それが、彼が本当に発言した言葉に対してなら、仕方ないと思える。しかしほとんどは、よくもまあそんなにも歪んだ解釈ができるなと感心するほど、明石家さんまの発言を勝手に捻じ曲げては怒っていた。もしくは、盲目に信じている、虚像の ”真実” と違っていると言っては怒っていた。私は明石家さんまのファンだけれど、明石家さんまほどひとが好きではないのだ。だから、許さない。忘れない。あなたたちが明石家さんまを許さないように。

でもな、私はほんとうに、SMAPが好きだった。SMAPファンが好きだった。
だから、諦められない。こんなことになっても。

楽しかった。楽しかったよなあ。さんスマでさ、中居くんのオチのない話を、ただ聞いてるさんまさんとかさあ。あのさんまさんがだよ!?自分から突っ込まずに黙って聞いてんの!!凄くない!?凄いんだよ!!中居くんなら、自分がオトしどころを用意しなくても自分で完結させるだろうって思って聞いてたってことでしょ。すごい信頼だよ。長い間、二人でトークやってたんだもんなあ。任せられるって思ったんだろうなあ。さんまさんと中居くん、きっといい関係だったよね。なあ、何もなければさあ、あんな二人が今も見れてたよね。考えたって、無駄なことなのかな。

木村くんが、さんまさんに「いけ!」って足で合図したのも個人的にはグッときた。木村くんにとってさんまさんが、そうやってちょっと雑な行動をとっても大丈夫と思っている相手なら、それはなんと嬉しいことだろうと思った。スーパースターである木村くんにも、 ”甘えられるおとな” の存在は絶対に必要で、もしそれがさんまさんならどんなにいいだろうって、私はさんまファンだから、スーパースターの木村くんが好きだから、そう、思っていたんだ。
今でも木村くんが、さんまさんの腕を遠慮なくグイッと引っ張るとか、くだけた口調で会話してるのとかを聞くとニコニコしてしまう。二人、変わらないでいてほしい。この世に不変なものなどないとわかっていても、ずっとこのままでいてほしい。それも、無理なのだろうか。いつか、そんな日もあったと懐かしむような、ただの ”いい思い出” になってしまうのだろうか。

後輩アイドルグループの番組に初めてさんまさんがゲスト出演したとき、それはもうボロカス言われたんだ。うるさい、おもしろくない、彼らと合わない、………とにかくいろいろ言われた。仕方ないことだけどね。でも、そのときに、ああ、SMAPファンは優しかったんだなあって。ずっと共演を喜んでくれていたよね。さんまさんのことを、うるさい老害だなんて言わなかった。もちろん、ほんとのほんとに昔はツイッターなんてなかったから、そんな感想が目につかなかっただけかもしれなかったけど。

いや、そうだったのかな。もしかして、ほんとに、私が気づいてなかっただけで、SMAPファンもずっと、さんまさんを疎んじていたのかな。今となっては、その可能性も否定できないのが、何よりかなしいな。

でも、それの方がいくらかマシに思える。そうだったら、私はこんなに苦しまずに済む。だって、さんまファンの私にとって、SMAPとの思い出が、SMAPファンとの思い出が、あんまりに楽しくて輝いているので、諦められない。SMAPファンに、あれだけ明石家さんまが傷つけられても、私はSMAPもSMAPファンも「もうどうでもいい」と切り捨てられない。明石家さんまとSMAPの共演は、これからも見られるだろう。SMAPが解散して、個人活動になっても、共演する機会はいくらでもある。彼らが仲違いしたわけじゃないのだから。けれど、ファンは違うでしょう。確実に亀裂は入っていて、何もなかったようにはできない。
あなたたちは共演を喜んでくれるだろうか。私は、どうか誰も彼をかなしませないでくれと願いながら、その反対側のこころで共演を嬉しく思うだろう。テレビにかじりついて観るだろう。ばかなファンだよ。わらってくれて構わないよ。

あなたたちがあっさりと明石家さんまを切り捨てたように、私もそうしたかった。あなたたちの最優先はSMAPなのだから、その行動は正しい。ファンとして、その対象を守るために、誰かを嫌わなければならないことがあるのだろう。それが明石家さんまだった。かなしいよ。戻ってきてほしい。けれどやっぱり、何もなかったことにはできないから、このまま決別するしかないのだろうな。

あーあ、それにしてもあんまりじゃないか。
報道通り、中居正広がジャニーズに残留する理由が木村拓哉を守るためなら、稲垣吾郎と草なぎ剛と香取慎吾を守るためなら、どうしてもっと早くにSMAPを守ってくれなかったんだ。解散する前に、守ってくれなかったんだ。そう思ってしまう。この一年半、なんだったんだ。無意味に傷ついた一年半は。中居正広もジャニーズ脱退、の方がよっぽど納得できたよ。

今はただ、秋に放送予定の27時間テレビの、その深夜枠の情報を待つ日々だ。
どうあっても、明石家さんまが傷つけられるようなことがありませんように。そう願っているのに、例年通り、明石家さんまと中居正広が笑い合うのを見たいと思ってしまう私をゆるして。


【 2016.06.25. 16:02 追記 】

誰かが読んでくれて、誰かが「わかるよ」と言ってくれたらそれだけで救われる。そう思って書いた記事でしたが、予想以上にたくさんの方々に読んでいただけて、さらにツイッターではリプライで思いを伝えてくださった方々もいらっしゃって、驚いています。お声がけしてくださった方々、本当にありがとうございます。
追記は後だしジャンケンみたいであまり好きではないのですが、私の説明が足らなかったのだな…と思う点があり、その部分だけまとめてこちらでお話させていただきます。

・解散騒動があって尚、明石家さんまをずっと応援してくださっているSMAPファンの方へ

ツイッターのリプライで、「私はさんまさんが好きです」「応援しています」と言葉をくださった方がたくさんいて、さらには「同じファンとして申し訳ないです」と言ったような、謝罪の言葉を添えてくださった方もいて、私が反省している状況です。明石家さんまが好きだと伝えてくださること、嬉しいです。しかし、私に謝っていただく必要など、全くないのです。
SMAPファンの方々、全員が全員 さんまさんを悪く言ったわけではないと知っていたはずなのに、配慮が足りずにお気を遣わせてしまいました。ごめんなさい。この記事は「無意味に明石家さんまを貶したSMAPファンとの思い出を何故か捨てられない」と言いたいだけのものだったので、明石家さんまを一度も悪く言ったことのないあなたは、この記事本文にでてくる ”SMAPファン” とは無関係なのです。謝らないでください。誰が読むかを深く考えず、感情のままに文章を書いていた私に落ち度があるのですから。

・私たちも明石家さんまに傷つけられていたのに…と悲しんでいるSMAPファンの方へ

解散騒動後、SMAPファンの方々は彼らを心配し、その不安さからいろいろなことに敏感になっていたことと思います。さんまファンの私でさえ、ニュースやインターネット上のSMAPに関する記事に飛びついていたのですから、ファンの方々の心労は私の比ではないでしょう。
明石家さんまは芸能人であり、彼が公の場で発言したことに対して賛否両論があるのは当然です。また、好き嫌いがあるのも当然のことです。私は明石家さんまが嫌いなひとに、好きになってくれだとか、明石家さんまが嫌いなお前なんか嫌いだと言いたくてこの記事を書いたわけではありません。
私は、彼を ””無意味に”” 傷付けた方々に対して、「許せない」と言っているのです。
記事本文でも書きましたが、彼が発言したことに対する批判は仕方がないと思います。しかし、発言を捻じ曲げて勝手に解釈したり、勝手に思い描いている ”こうであるはずの真実” と違うと言って怒ったりするのは、ひどい話ではありませんか。例えば明石家さんまが、俺はペガサスはピンクやと思うね、と言ったとしましょう。事実は、誰にもわかりません。しかし、あなたたちはペガサスを白だと思っている。そのときに、「いいえ、私はペガサスは白だと思います!!」と主張し対立することと、「何を言ってるの!?ペガサスは白に決まっているじゃない!なんで見てもいないのにピンクだなんて言うの!?もう関わらないでください!」と噛みつくのでは、あまりに違います。私が怒っていて、許せないのは後者なのです。意味なくひとを罵倒し、中傷する行為を、私は善しとは思いません。
明石家さんまの発言で傷つき、悲しみ、彼から静かに離れた方へ。ただのファンである私が明石家さんまを好きでいてくれなんて言えません。あなたはあなたの大切なひとを、応援してください。
明石家さんまを必要以上に攻撃する方へ。記事本文の通りです。けれど私は、そんなあなたすら諦められない。これも、本文の通りです。

この二点だけ、どうしても説明したくて追記をさせていただきました。記事に関する様々なご意見、ご感想ありがとうございました。ぜんぶ読んでいます。(引用RTは返事しない、と教わったのでお返事は控えさせていただいてますが、もちろんコメント拝見しております…!ありがとうございます!!)

長くなりましたが、これにて最後にしたいと思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。





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by r_unsung | 2017-06-22 23:59 | DAY

2017.06.14.(Wed)

眠い。以上。

と、いう下書きが保存され、終わっていた。
よほど眠かったらしい。このところ、私は常に眠たい。何かがおかしくなってしまったのだろうか。

水曜日の日記を日曜日に書いている。もう何も覚えていない。一日は飛ぶように過ぎていくが、私はいろいろなことを考え、孤独を抱き潰して生きている。しかし、数日後には何も覚えていない。それだけのことだったのだろうか。私の毎日。このまま、ずうっと、何も残らないのだろうか。私の毎日。私の人生。




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by r_unsung | 2017-06-18 23:13 | DAY

2017.06.13.(Tue)

社内が暑い。私だけが半袖を着ているのだけれど、私だけが汗だくで仕事をしている。上司たちが長袖で涼しい顔をしているのを見ては、ギリッ…と奥歯を噛み締めて過ごす毎日である。

なんの自慢にはならないが、私は汗をよくかく。見た目にもよろしくないし、どうにか汗を抑えたくて、Google検索をしてみたところ、「運動不足のひとは汗をかきやすい」というページを発見した。運動をしないでいると、汗が正常に放出されずに体内に溜まり続けるため、ちょっときっかけですぐ汗を流すのだ、と。
これを見た私は、早速 汗っかきを改善すべく、行動に移した。
そう、私が春にスポーツジムに通っていたのは、筋肉をつけたいという理由の他に、汗をかきにくい身体にするためという理由もあったのだ。思い描く理想の自分は、夏の海で、太陽の下 汗ひとつかかず、水着姿でシックスパックの腹筋を披露していた。今年の海は、新しくなった自分を披露するステージとなるはずだった。

結果、私の汗っかきは以前にも増してひどくなった。
明らかに新陳代謝がよくなり、ちょっとしたきっかけどころか、ふとした瞬間に汗を流すようになった。腹筋?一つになら割れてるんですけどね。

わかったことは、汗というのは、努力でなんとかできるものではないということである。それを皆が理解し、私が見積もりをだしている最中に汗だくになっていたとしても、おもむろに扇子で扇ぎだしたとしても、優しく見守ることが平和な社会に繋がるのではないか。ファブリーズなら、私が退社したあとにすればよい。
汗は自分の意思ではどうにもできない。私にできることは、ただ 秋を待つことだけなのだから。





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by r_unsung | 2017-06-14 00:41 | DAY

2017.06.12.(Mon)

私にはうつくしい過去がたくさんある。思い出がどれも、あまりにも幸福なので、私はいつだって ””明日よりも素晴らしい今日を生きている”” という感覚で過ごしてきた。未来は過去を超えられないだろうという、根拠のない考えを、常に抱いていたのだ。

ここ数ヶ月で、過去に戻りたいと願うことがなくなった。
輝かしい過去よりも、ツラくてにくたらしい今の方がいいと、ようやく 思えるようになった。何がきっかけになっているのかは、自分でもよくわからない。

2014年6月1日、私はブログでこんな記事を書いていた。

いつだって、自分の「生きてゆける」と思う要因が、過去であることが不思議だった。

(中略)

しあわせってヤツが、とてもトクベツで、甘くて美味しい薔薇のようなものだと、思っているのだろうか、私は。
あー、何が、何が足りないんだろう。こんなに穏やかで平和なのに。悲しみなんて一粒もないのに、毎日 毎日、どうしてこんなにも、「なにかが違う」と思うんだろう。でも明日になれば、昨日までの人生は素晴らしいものだったと考えるのだ。その「昨日」に、こんなに不機嫌な「今日」が含まれている。

いいかげん、気付くべきだった。もっと早くに、気付くべきだった。私の人生は、どの瞬間も、まったく 幸福なもので在り続けていたのだと。


……なあ、この頃の自分は、何をしても、何を選んでも間違っているような気がしていたよ。誰かに「そんなことない」と言って抱きしめてほしかった。すべてがうまくいくと約束してほしかった。自分より、他人の答えの方が信じられたから。
今でも、そう感じないわけではないけれど。

私はいつだって、昨日より素晴らしい今日を生きているんだと、今なら迷いなく言える。過去は未来を超えられない、とも。
ようやく、そう思えるようになった。私は前の3月で、二十六歳になった。自分の選択を自分で信じてあげられるようになるまで、二十六年もかかった。

三十年かからなくてよかった。




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by r_unsung | 2017-06-12 20:24 | DAY